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徒然とつらつらと、無為かつ怠惰な生活を書き綴ります。
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 テスト期間中なんで控えめに。さっさと書いてさっさと勉強でも。


ちょいボヤキ風味。スルー推奨。

 別に特定の個人のことじゃねぇですよ。念のため。

 一応SS作家という『作る側』の端くれである天話ですが、無論のこと
まだまだ未熟者であります。知らないこと沢山ありますし。
 そんな私ですが、文章能力が明らかに足りてない人の文章ってのを
すぐ見抜いてしまうぐらいの眼は持っているつもりです。

 いや、あのですね。
 例えばまともな作品の作中でキャラが苦笑しているシーンがあったとしましょうか。
 そこの表現をよりにもよって

(^^;)

 とかの顔文字で表現するのって一体どういうことなんだろうとか。
 
 もうそれは文章力以前の問題のような気がするのですよ。なんか
噂ではそんな真似をこともあろうに商業作品でやらかすような連中も
いるみたいですが、それは何だ、ちゃんと市場の空気読んで作っているのか?

 それなりの頭を持って書いてる人の文章と、そういった文章能力に
欠けた人の作品との違いというのは本当に一発で解ります。
 頭の悪いギャグ作品だったとしてもそのギャグを支えているのは
裏打ちされた表現能力であったり(ドクロちゃんシリーズとかが該当する)
するわけです。そしてライトノベルや漫画の面白さってのはそこに潜んでる
わけなんですが。


 要するに何が言いたいかというと。




 自分の力量不足を『個性』とか『十人十色』とかそんな適当な言葉で
誤魔化すんじゃない。




 客観的に見て劣っているのなら、それがその分野での自分の位置なのだと言うこと。
 それが事実。
 目を逸らしても見苦しいだけなのです。それくらいなら自分の未熟を認めて
鋭意努力していた方がずっと良い。

 誰かに言われなければワカラナイというのなら私がそれを言う。
 もっと自分の力量を自覚しろと。


 ……最近、何か文章が説教臭くなっていかんなぁ。


ギャラクシーエンジェる~ん

 六人目、何の脈絡もなく登場。
 甘ったるい、何処かで聴いた声だと思ったらCVはあの御方であったか。
 良き哉。

 とりあえずアレです。ナノナノ可愛い。今回登場時間長いし満足。


「その場しのぎなのだー」


 実は辛辣じゃな、おい。



 ときに、ナノナノ描いてくれると某人が言って下さった。
 えらく待ち遠しいのだが、無理を言ってはいかん喃。

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 テスト前最後の更新となりやすぜィ。
 学生の悲しい性ですな。まあ文句なんか言うつもりァ全然有りやせんが。


夜明け前より瑠璃色な

 おー、作画環境はともかくとして普通に面白いな。
 とりあえず菜月ラブですから。仁兄ィも。

 高野さんがいちいち素敵なのだが。いろいろと。
 果てしなく俗っぽくなったアラストールみたいな。
 全然例えが合ってないような気もするけど。


武装錬金

 クオリティ下がってきた。動け、動けよぉッ!!(アムロ声で)
 つーか、どうにもバトルシーンが地味でいかんな。

 バルキリースカートはこう……あれだ、もっとメカメカしい動きをだな……。


はぴねす!

 そこまで杏璃をアホの子にしなくても。

 何か春姫の引き立て役に据えてるっぽくてこういうやり方好きじゃない。


ネギま!?

 アニメの方。

 何だかなー。確かに以前の黒歴史よりも遥かに作品として完成しては
いるのだが、無理にギャグ入れてるっぽくてむしろ痛々しい。
 つかスタッフ、ぱにぽにと同じじゃないかねコレ?

 とりあえず黒板に、

「死ねば助かるのに」@アカギ

 とかスプー書いたりするのはやめといた方が良くないだろうか。



戦隊モノとか

 最近特撮のことばっかり語ってる気がするが。

 とりあえず天話17歳、幼稚園当時放送していたのは言うまでもなく
『忍者戦隊カクレンジャー』だったわけですが……。
でもぶっちゃけた話、曲以外にはあまり記憶になかったりとか。
何だろうね、確かにあの曲はえらく印象的だったが。

 で、多少なりともストーリー覚えてるあたりだと弟と一緒に見ていた
ギンガマンあたりからだったりするのですよ。と言っても覚えてるのは
たった一瞬、レッドが、

「黒騎士ィィィィィィィィッ!!!!」


 と叫んだ直後に黒騎士が爆発に消えたシーンぐらいですが。

 本格的に覚えているのはゴーゴーファイブとかタイムレンジャーとか、
ガオレンジャーからですねぇ。曲をつい最近聴いたことで当時の記憶が
思い出せてきております。

 とりあえず当時の曲はどれも好きです。
 ゴーゴーファイブはグランドライナーの勇姿に見惚れ、
 タイムレンジャーは子供向けでは決して有り得ない曲の難しさにニヤリとし、
 ガオレンジャーではもう既に人間の言語を通り越してたりとか。


 まあ、残念ながらボウケンジャーは見てないんですけどね。カブトだけ。


テスト前です故に

 多分一週間ぐらい更新が滞ります。もし余裕あったら携帯から書くかも
しれねぇーですが。
 このタイトル読める人ってスーパー戦隊シリーズの熱狂ファンぐらいだと思う(挨拶)


借りてきたCD

 スーパー戦隊シリーズ&仮面ライダーシリーズの主題歌集とか借りてみました。
 ヤバいな、えらく懐かしい。
 誤算としては戦隊モノの方にダイレンジャーとメガレンジャーが収録されて
いなかったということぐらいなのだが。でもガオレンジャー入ってたので良しとする。
 とりあえずギンガマン好き。子門さんのテノール大好き。

♪ガンガンギギン ギンガマン
 ガンガンギギン ギンガマン♪


 凄いですよね。もう何言ってるか全然解りませんけど凄い気がします。


web拍手

 >マックスコーヒー、なぜかこっち(青森)で店売りされてますな、現在の所。
 >今まで見た事はないんだが…


 えーと、桃桜さん……かな? 情報どもです。
 確か限定品のハズなんだけどなぁ。何か結構見つかるもんデスネ。
 ……っつーことは、ドクターペッパーとかも全国区なのかにゃー。
 

お知らせ

 スーパー今さらですが、小説の背景を一新してみました。
 一応これで軽くなったはずです。場合によっては携帯からも見られます。
つか少なくとも私のauW41Tでは大丈夫でしたので、スペック的には
さほど負担かかりませんです。



 どうでもいいがW41T、ハードディスク同梱なので凄い分厚いのだが。
 そして趣味で黒いボディにしたから結構指紋とか目立っちゃうのだが。
 ちなみに黒いボディだけど真っ赤な目ではありません。念のため。
 以前紹介したジョージア・マックスコーヒーなんですが。
 普通に小田急町田駅北口にも売っていやがったというこの事実。
 もはや限定品でも何でも無ぇ。


コンプティーク11月号

 やっと読めた。一部を除き流し読みだというのに何で6日もかかってんだ俺。

 やっぱり語るべき点は鋼屋親分のコラムかなぁ。
 巨大ロボに関して書かれておりましたが、やっぱりデモンベインの生みの親は
書くことがいちいちもっともだなぁと思った。

「その力は壊すことしか出来ないが、だからこそ何だって出来る」

 端的にデウス・エクス・マキナの存在を現している。
 機械仕掛けの神に、不可能は何もない。


 で、他には付録が良かったと思う。
 うたわれるものらじおは聴いてないのでこういうのは嬉しい。
 ……えーと、とりあえず頑張ってね力ちゃん(なげやりに)


平成ウルトラ三部作を語る

 何となく思いついた、今更な評論……というか何というか。
 とりあえずそういうのが嫌いな人はスルー推奨。


 平成ウルトラマン三部作、ティガ、ダイナ、ガイア。
 この三つの作品は当然ながらそれぞれ語りたいことが全く違うのです。

 例えばこの三部作、共通してる点に『敵のウルトラマンが出てくる』という
のがあるのだけど、そのベクトルが完全に違う。

 『ティガ』に出てきたもう一体のティガ、イーヴィルティガ。
 彼はウルトラマンになる素質を持った男が力に溺れた結果、あのような
禍々しい姿で『悪のウルトラマン』になってしまった。
 これはティガのテーマである『人の心の光』と真っ向からぶつかり合う
存在であるが故にこういった敵キャラが生み出されていると見ていい。
 その後の劇場版で登場した闇の巨人三人(ルルイエに封印されてた人ら)も
「人の本質は闇だ」と言っているだが、それを戦うことによって否定し、
人の心の光を一身に受けたグリッターティガになってその闇を完全に払う。
 
 ウルトラマンティガに託された使命というのはつまり、人の希望の一切合切を
背負って戦うことであり、光は闇に打ち勝つという証明を為すこと。
 人類の希望は相手が例え邪神であろうとも消せない、という作品テーマの
具現こそがウルトラマンティガだということ。


 ダイナに至っては、クライマックス近辺の超シリアス展開以外はほぼ完全に
エンターテイメント性を重視した内容(他の二作に比べて、ダイナはかなり
ギャグシーンが多い)である故に、偽ウルトラマンダイナの存在も
完全に悪役レスラーのような役所であったと思う。
 偽ダイナの正体は実は打倒ウルトラマンに燃える武闘派宇宙人なのだが、
彼はボロボロになっても声援を受けて立ち上がるダイナによって仮面を
粉砕されることで負けを認めることになる。
 そこに悲劇は一切無い。男と男の勝負が娯楽的に描かれているだけである。
 とまあ、こういう部分がダイナの前半パートのテーマだったりする。


 後半は凄まじく重い話になる。クライマックス直前で主人公シン・アスカは
ウルトラの光を人為的に奪われ、そしてその光は人造ウルトラマン・テラノイドに
移されることとなる。
 スペック的にダイナをも上回るテラノイドだったが、ロボである彼は
スフィアに乗っ取られてゼルガノイドへと変貌。あっと言う間に人類の敵に
なってしまうという運命を辿る。
 しかしここで重要なのは、ウルトラマンの力を管理しようとしたことではない。
 ストーリー上真にマズったのは、人類が戦う辛さをウルトラマンの力に
押しつけているということなのである。

「俺は俺だ! ウルトラマンダイナだ!」 ――シン・アスカ

 自らが生きるためには自らが戦う必要がある。
 人間には人間の戦いが、ウルトラマンにはウルトラマンの戦いがある。
 それを放棄してはいけない。人の心の光は守り続けなければいけない。
 それこそがウルトラマンダイナのテーマでもある。


 ……ちょっと長くなりすぎたな。
 ガイアに関してはまたいずれ。


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プロフィール
HN:
天話
年齢:
35
性別:
男性
誕生日:
1989/08/07
職業:
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趣味:
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